DSM |
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DSMとは、アメリカで作られて国際的に使われている、心の病気にかかわる診断基準のことです。治療者が患者の症状を診て、どの病名にあてはまるかを考える目安と思っていただければよいでしょう。患者からしてみれば、どの病名であってもつらさや苦しさが楽になればいいのですから、「何の事だかさっぱりわかりません」という人もまったく心配は要りません。 DSM-IV またはDSM-IV TRという表記が目に入ってくることが多いと思いますが、これは今(2011年現在)使われているDSMのことです。 DSMは、正しくはDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disordersといい、アメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)という団体が作っています。 日本語では「精神障害の診断と統計の手引き」「精神疾患の分類と診断の手引」「精神疾患の診断・統計マニュアル」「精神疾患診断統計マニュアル」などさまざまに訳されており、一定しないため、むしろ「DSM」という略号のままで知られています。 今までには次のような移り変わりがありました。 DSM-I (第1版):1952年発表。精神障害を3つのグループに分けました。 DSM-II (第2版):1968年発表。精神障害を10のグループに分け直しました。 DSM-III (第3版):1980年発表。新しい診断基準を採用、多軸評定という新しい手法も導入しました。疾患概念(何が病気かという考えのもとになるもの)も追加し、診断項目はほぼ2倍になりました。 DSM-III-R (第3改訂版):1986年発表。Rは「Revision」の略です。 DSM-IV (第4版):1994年発表。精神疾患を16のグループに分けました。ICD-10との整合性を図るなど、視野が広がりました。 DSM-IV TR (第4テキスト改訂版): 2000年発表。TRは「Text Revision」の略です。 DSM-5 (第5版):2013年発表。現在のものです。 DSM-IIIあたりまでは、それまで世界中の精神科医が、それぞれの主観と直感に頼って診断を下していた病名に、一定に客観的な枠組みを与えた功績がたたえられ、ちょうど医師たちのあいだに共通言語が天与されたようにありがたがって迎えられていました。しかしそれ以後、このDSMがあるために診断インフレや過剰診断が多くおこなわれるようになったと警告を発する識者も少なくありません。はたしてDSMは世界共通の診断基準として使ってよいのか、もっと使い方をローカライズしカスタマイズすべきではないか、という議論が近年とみに巻き起こっています。
「患者にとって、あまり役に立たないものなら、なぜそんなに何十年もエネルギーをつぎ込んで作っているのですか」という疑問が当然おこってくることでしょう。 それは、心の病気というものを考えるときに、どういう原因でそうなったかまで考えると、なかなか病名が決まらず、治療が開始できないことが多いからです。原因はさておき、いま困っている症状は何か、ということで早急に治療を開始するために、まず病名をつけるのは治療者にとって便利であり、そのためにはこのような分類表が必要になるのです。 しかし、病名とは結局「どこからどこまでがこういう名前」というような、症状の仕切り方(症状の分類の仕方)によって決められるものですから、新しい事実や考え方が見つかって、仕切り方が変われば、病名も変わり、分類表も改訂されます。 たとえば、DSM-IIIまでは「強迫神経症」と呼ばれていた病気は、今では「強迫性障害」といいます。かつて盛んに使われていた「ヒステリー」という用語は、今では正式には使われなくなってしまいました。 だから、今あなたがDSM-IVに基づいてつけられている病名も、永久的な病名ではないかもしれません。次のDSMが発表されるのは2013年と予定されています。そんなにしょっちゅう変わるものならば、今いっしょけんめいにおぼえる必要もないのかもしれません。 また、すでに正式に使われなくなった病名が、あなたの病気を理解するのにまったく役に立たないというわけでもありません。そのほうがしっくりと来る、腑に落ちる、治療や回復への道筋が見えてくる、という医師や患者も多いのです。要するに、病気が良くなればよいわけですから、正式には使われなくなった病名や分類を、臨床の場面であえて使っている治療者もいます。 最新の病名のつけ方に詳しくなっても、自分の病気がいっこうによくなっていかない患者は、もしかしたら病名オタクというような病気かもしれません。 病気に関わる分類表はDSMの他にもあり、代表的なものは世界保健機構(WHO)が作っている「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(略称:ICD)です。ICDは、心の病いに特化したものではありませんが、通常はDSMとICDが併用されるようです。前にも述べたように、いずれこの2つは統合が考えられています。 |